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マクログロブリン血症

大人モード用没原稿

 今年は、ブログのタイトルもありがたいこってすとして、感謝の念を常にもって生きる事にしたばかりであるが、
常々人生色々ありまんねんっ!と言うように、そうは問屋が卸さないじゃないけど、何か起こるものである、、
これを僕は試練と呼んでいるが、現在の地位に乗っかってると神が必ず試練を与えるみたいである、

 40の時に何処かのデパートでやったコンピューター占いで52以降がフラットで心配した事があって、今回今の女房と再婚してオーストラリアに移住し、女房に救われたなんてうはうはしていたかも知れないなんて心配になった。
「こんな幸せが続く筈が無い、、」なんて流行歌の歌詞じゃないが、幸せ感が強いとこれを失いたくないが為にすごく心配になる時があるが、今回も幸せの絶頂と言ったら大げさかもしれないが、我が人生の中では一番の至福の時期である、こんな伏兵がいたとは気がつかなかった。

 人生そんな簡単には進まないよな、そんなに自分の思った通りには行かないというか、そうは問屋が卸さないと言うか、毎日はらはらしていたのも事実だし、怖かったんだよね実際、何かあったらどうしようとばかり考えていた、少なくとも、女房に降りかかった災難じゃなくて良かった、

 去年あたりから、いつ死んでも悔いがないように暮らそうと思いはじめ、お陰様でこの幸せ感があればいつ死んでも自分自身は悔いが無いが、女房の悲しみを考えるとそうも言っていられない。

 だからと言って、寝たきりになったり、闘病生活じゃ迷惑をかけるだけだし、潮時ってのはあるのだと思う。

 つまり、女房が旦那に先立たれても悔いを残さない事が肝心なので、僕がいくら悔いを残さなくてもあまり関係無いということである。
女房に最初出合った時、後25年付き合わないかと言った記憶があるが、すでに7年経過したので、18年と言う事になる、つまり、僕が77で女房が50だな。

 いずれにせよ、人生これから何が起きるか判らないのだし、極普通に進めば女房が50の時僕は77だし、いつかは別れなくちゃならない時が来る。
これからは、いつ何が起こっても悔いない為に一日一日を充実させたいものである。
でもこういう事があると、何かだれてる俺に神様が励みになるような事を呉れたみたいな感じで、生きてる限りは一所懸命頑張ろうって感じになるね、

 今日もNHKで『千の風になって』の特集をやっていたけど、僕なんかも以前から、僕が年を取って女房一人残して逝かなくちゃならない時は空から見守って、新しい恋人に苛められてないだろうかなんて心配になるんだろうななんて考えていた。
愛するってのは相手の幸せを望む事なんだから、自分がいなくても女房が幸せになって貰いたい気持ちには変らない。

製薬会社用未投稿原稿

 日常の些細な営みに喜びを見出す事を覚え、愛する人の為にも自分の健康管理は義務である事を学んだ。

「病気が教えてくれたこと」

 それは27歳年下のオーストラリア人と再婚し、オーストラリアに移住してから5、6年経ってやっと落ち着いた時にやってきた、夫婦仲もしっくりいき始め、これ以上の事は無いなと思い出した頃、「♪こんな幸せが続く筈が無い、、、、、♪」なんて口ずさんでいた矢先癌の宣告を受け、これこそ神の試練と身の引き締まる思いがした。
たまたま受けたアレルギーテストの結果、アレルギーは無いと判ったが一つの免疫淡白の数値が突出しているので専門家に診て貰う必要があると診断されたのだ。

 CTスキャンをして、リンパ腫の有無をチェックしたが何も無く、、骨髄穿刺をして貰い結局骨髄腫では無いので、結果はマクログロブリン血症と呼ばれている血液の癌であった。
思えば40才になった時に一度人生を白紙に戻して考えようと自分が何をしたいのか何を考えているかを小冊子にまとめ、50才になった時にそれまでのばらばらになった自分を人格統合の意味を込めて自伝にまとめ、その直後最初に出会ったオーストラリア女性と再婚し、50以前を理念編、50以降を実践編として無私、滅私に勤め、女房の幸せを通して自分の幸せを見つけようとして来た積りになっていたが、結論を出すのは未だ早過ぎたと言う感じであった。

 パラダイムの転換とばかり、「国籍を超え、年齢を超え、性別を超え」と言う持論に拘り、年下の外国人と再婚し、南半球で主夫の座を確保して安堵し、その地位に甘んじていたおごりに対する警鐘に違いない。
実践編とは言いながら、「愛する人の幸せを通して自分の幸せを見つける」等と未だに無私だとか滅私だとか形式に拘り、地に足が着いていなかったたに違いない。
 
 渡豪した時既に52になっていたので、仕事も見つからず、苦肉の策として女房に学校に行って貰い、次の年から仕事をして貰う事にし、自分は専ら内助の功の裏方に徹する事にしたのが功を奏して、幸いな事に女房も去年大学の全教科を修了し、現在は会計士のコースに進んで毎日仕事と勉強に追われる日々を送っているが、余りにも上手く進みすぎ、それに有頂天になった自分に神が試練を下さったに違いない。
 
 でもこの宣告が却って自分を振り返る良い機会を与えて呉れ、お蔭様で一日一日の生活に喜びを見出す事が出来た。
日常の些細な営みに喜びを見出す事を覚え、何よりも大切なのは、愛する人の為にも自分の健康管理は義務である事を学んだ。
 
 去年還暦を迎え、今年は女房とも10周年ですし、今迄の10年間を振り返り、今後何が起こるか判らないが、この心の安寧を維持する為には自分はどうあるべきかを今一度考えてみたいと思う。
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