癌の宣告を受ける

 2006年の暮れに近所の韓国人の医者にアレルギーチェックの相談に行って、血液検査をして偶然にわかったのだが、モノクロナル、グロブリン、カッパ、ライトチェーンって言う蛋白が突出してるらしい、、

 あまり緊急じゃないと言うので、スペシャリストの予約が年明けの25日になっていたので、忘れていたが、無罪放免された訳じゃなかった。
もう一度血液検査をして帰って来たが、週明けにCtスキャンをしてリンパ腫の有無をチェック続いて骨髄穿刺をするらしい、、、痛そうだなっ、

 骨の痛みだとか、リンパの腫れが触診ではなかったので何れにせよたいした事は無いのだろうが心配だし、用心に越した事はない。

 心配なもので、暇に任せてインターネットでサーチしているが、横でマクロ経済学を勉強中の女房は、動じていない感じです。
二三日前も「あたしだってグレーブス病を持ってるし、定期的にチェックしなければならないし、発病したら治療法を探すだけでしょ」と一括されてしまった。
 月末にCTスキャンをして、リンパ腫の有無をチェックして、現在医者が骨髄穿刺の手配をして呉れているらしいので、その結果により、エムガスなのか否かがわかるのだと思うが、今のところ何の症状もないので、十中八九エムガスに間違いないだろう。
医者がトロピカルな地域に行っていた事があるかなんて訊くと、ハワイに行ってたのがいけなかったかなとか、ハワイで一緒に働いていた同い年の仲間が二人も死んでるしなとか、心配は尽きない。
 
 今日夕方4時少し前に医者から電話があって、31日にしたCTスキャンの結果は扁桃腺が少し腫れ気味の事を除いては異常無しだったけど、25日の血液検査の結果が11月の時より少し蛋白の値が上がってるから、骨髄穿刺は避けられないと言って来た。
この1二週間の内に彼が病院で手配して呉れるそうだ。
僕は密かに彼から電話で蛋白の値が下がってるから、骨髄テストは必要が無いよと言って来るのを期待してたのだが、期待に反して結果は悪化していた。骨の痛みだとか、他の症状が見られないから、大抵はMGUSだとは思うけど、医者が何も言ってくれないので心配である。

 11過ぎに病院から電話があり、専門医から骨髄テストの予約をするように言われてるので、何時が良いかと問い合わせがあった、こちらはいつでも結構ですと答えると、来週早々はどうだ、準備に少し時間が掛かるけど、穿刺は10分もあれば終わると言う事だった。
 
 普通どおり食事しても良いし、シャワーを浴びるなら早めに浴びてくれみたいな事を言っていたが英語の早口だったので、良く聞き取れなかった、術後はしばらくシャワーを浴びられないと言っていたのかも知れない。
公立病院なので健康保険扱いで金を払う必要は無いと言うので助かった。高いと聞いていたのでびくびくしてたので、ひとまず安心した。

 行ってきました、骨髄テスト。日本時間の朝6:30に開始、30分で開放されました。セットで血液検査もやりました。
服を脱ぐのかと思ったら、靴のままでベッドに横向きに足を曲げて腰を突き出す形で、行われました。

 最初に、骨髄採取、吸い出すときに傷みが走ります、続いて骨のサンプル採取、これは圧迫されなんとも言えない痛さ、最初上手く行かず、二度やったので、痛みも二回、参りました。

 家に帰ってから後を見たら、血液検査より少し大きめの絆創膏が付いていました、今日はシャワーは駄目らしいです。
 
 エムガスかと思ったら、、僕の場合はIgMが多いので、本態性じゃなくて原発性の方らしいです、今のところ、疲れ易い、すぐ蓄膿になる症状を除いて他に症状が見られないので、何とも言えないと言われました。
リンパ節には今のところ異常が見つからないです、又一月後に血液検査をして増えていたら治療になるかも知れません。医者が7月にアテネで学会があるから、新しい情報が入るかも知れないと言っていました。期待しましょう、医学の進歩に。
 以前こんな事を書いたのを思い出した、
『僕自身も女房と結婚5、6ねん目にして夫婦仲もしっくりいき始め、これ以上の事は無いなと思い出した頃、「♪こんな幸せが続く筈が無い、、、、、♪」なんて口ずさんでいた矢先癌の宣告を受け、これこそ神の試練と身の引き締まる思いがしたものです。でもこの宣告が却って自分を振り返る良い機会を与えて呉れ、お蔭様で一日一日の生活に喜びを見出す事が出来ました。』

 この頃は歯槽膿漏から来る上顎洞炎に悩まされていたとは言え、朝起きて一番にするのがpcを立ち上げる事でかなりの空しさを感じていた時で、癌の先刻はその空しさを一気に吹き飛ばしたものだ。

 今では上顎に残っていた3本の歯を抜いて貰う事で、上顎洞炎(蓄膿症)からも開放され、15、6年前から後頭部に出来た毛嚢炎(毛包炎)からも同時に開放され、その時初めて喉と後頭部は意外と近くて感染し易いって事を知ったりもした。
その上ラクトフェリンを摂りだした為なのか、30年来夏になると悩まされた腰周りに出来る赤い斑点も消えて万歳と言う感じでもある。

 還暦パーティーをきっかけに筋トレも再開し今では68kgあった体重も60前後に落ち着き、ウェストも引き締まり、胸の筋肉も引き締まって、この身体のどこに癌細胞があるんだよって感じでもある。

 朝起きてすぐモディフィランと言う昆布のエキスを3カプセル飲み、朝食後、ビタミンD、ビール酵母、ラクトフェリン、前立腺のハーブを飲んで、昼と、晩には自家製の椎茸茶を飲んでいるが、これで小便の出も良くなり前立腺のハーブを飲まなくて済むなんって言ったら最高なんだけど、そうは問屋が卸さないみたいである。
9月11日に抜歯して、抜歯の前から抗生物質を飲み続けているにも関わらず、14日には臭い出し、17日に型をとり、20日に出来上がり、傷口が癒える迄はしょうがないかなと思いつつ、抗生物質をとり続けているが、未だに臭う。
 
 昨日は一日臭わないで推移してこれで、副鼻腔炎ともおさらばかななんて淡い期待を持って、シャワーを浴びようとした途端臭い始め、寝る間際迄臭っていた、溺れる者は藁をもすがるで、久しぶりにステロイドスプレーを気休めに使う。
思えば3月に歯の治療した時にも2週間後に発症し、以来ずっと断続的に続いていたのだが、それにしても今度の症状はひどい、本当に抗生物質の効かない身体になってしまったのかと恐ろしくなる時がある。

 鶏が先か卵が先か判らないが、マクログロブリン血症と診断される前から副鼻腔炎には悩まされていたし、頭の後ろの毛嚢炎も10年前に一度あったし、果たして、これがすべてIgMが原因だとしたら悲劇である。
 
 鼻の粘膜には分泌型のIgAが必要だと言うので、理論的には副鼻腔炎が治らないのはマクログロブリン血症が原因だと言うのがもっともだと思うが、たまにすべてが体内にいる黄色葡萄状球菌のせいなんじゃないかと思いたくなる時がある。
あるサイトに、「一部の患者では頻発する細菌感染が主要な問題である。」って書いてあるのを見る度に、これなのかなと心配になる。

 今回の血液検査は先生が短期間にIgMが増加していたら薬を投与すると言うので、11月早々にすることになったのだが、先生に会うのは相変わらず12月下旬。
密かに期待しているのだが、今回の血液検査は初めて黄色葡萄状球菌に感染していないのである、思えば去年の8月に頭の後ろがグジュグジュして感染し、それに続いて副鼻腔炎勃発、しょうがなくてしたアレルギーテストでM蛋白の値が高いと言う事で数度の血液検査及び尿検査を経て翌年骨髄テストをして初めて原発性マクログロブリン血症と診断された訳である。

 その後3月初旬に歯医者に行きその二週間後に変則的な副鼻腔炎になり、3月の血液検査もその後の6月、9月の検査も副鼻腔炎を伴っていたのである。
特に9月は抜歯する前日で体調が最高に悪い日だったし、この1年は黄色葡萄状球菌に悩まされた年と言っても過言でない位である。

 なので、今度の11月初旬の血液検査で少しでもIgMの数値が下がっていれば、明らかに感染症が逆に免疫蛋白に影響していると言う事であり、逆を少しも疑わない医者にとっても画期的な事に違いない。

 もう一つ期待しているのは摂り続けているラクトフェリンが腸管免疫に少しでも役立ってIgAの生産を助けひいてはクラススイッチの修復まで出来ていれば最高なのである。

 こういう事を相談できる先生がどこにも居ないと言うのは実に悲しい事で、血液の専門医は数値を下げる事だけ、免疫学にも遺伝学にも興味がなさそうだし、学際的に研究してくれる医者が是非欲しいものである。
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