オーストラリアの進んだ教育システム

落ちこぼれを救う事が日本を救うポイントである

 僕自身もそうだが、学校で習った事が社会で通用せず挫折して人生をこねくり回してしまった人は多いのだと思う。世に落ちこぼれと言われている人間は多い、特に最近はニートだとか引きこもりだとか呼ばれてるらしいが、外国でもパラサイトシングルって言葉は聞いた事があるが。
僕が救いたいのは本来自分の責任でもないのに自分を責め続けている若者である、これは話せば一冊の本が出来る位長い話になるのだが、最近結論めいた事が出て来たので死ぬ前にまとめておこうと思っている。
 
 僕は50の時それまでのちぢに乱れた人格統合の為に自伝をしたため、その後出会った27歳年下のオーストラリア人と再婚して現在オーストラリアに住んでいるが、日本だったらさしずめDQNとか厨房とか呼ばれそうな茶髪のヤンキーならぬオージーも今では立ち直って公認会計士になり、それでも背負い込んだトラウマを払拭する為にフルマラソンに挑戦して16週間のトレーニングを経て3時間19分で完走して現在は日本語を習得すべく勉強している。

 感心させられるのはオーストラリアは途中下車しても再乗車出来るシステムが出来上がっているのだ、職業訓練大学も完備、通信教育も完備、たとえ一人でも試験を受けさせる、大学の転入も可能、夜間と昼の区別も無く好きな時間に授業が受けられる、ネットで講義が聴けるのもある。
どこかの美しい国の途中下車した首相の再チャレンジ可能な社会なんて口先だけじゃないのだ。

 何回も言うように日本の輸入の社会システムひいては教育システムに至るまで建前である、本音は世間であり苛めである。

 日本人は近代文明を導入した時に日本語の取り扱い説明書が付いて来なかった為に未だに近代文明が自分が無ければ始まらない事に気が付いていない、何のことはない自分が全て(自分=全)なのである。
日本人はすべからくここから学んで行かないと、遅かれ早かれアメリカの52番目の州になるか中国の自治区に成り下がるのは目に見えているのである。

 ポイントは極端な話社会のせいで落ちこぼれたにもかかわらず自分を責め続けている若者を救う事なのである、自分こそが全てであり、自分を持っている人間を潰してかかる世間を是正する事にあるのだ。
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