違いを受け入れる

 国際結婚といってもいまさら珍しいわけでもなく、オーストラリア人男性と結婚されてる日本人女性は数あると思いますし、オーストラリア人女性と結婚されている男性にしろ、女性に比べれば少ないかも知れませんが、かなりの数だろうし、国際結婚一般となれば、それこそマルチカルチャーでそれを一括りで国際結婚と纏める訳にも行かず、僕みたいなはみだしっぺがいまさらここにしゃしゃり出て薀蓄を傾けるなんてもんでもないんですが、結婚に関しては洋の東西のみならず、南北も左程違いは無いので、ここで南半球では東西問題、南北問題は横に置いといて、極特徴的な事だけを取り上げたいと思います。

 僕の場合、国籍を超え、年齢を超え、性別を超えると言うモットーの元に進んだ結果行き着いたダウンアンダーなので、これが只単なる偶然の重なりと言って片付けずに矢張りこれが西欧社会の偏見の少なさであると自分なりには考えています。

 国際結婚の良い点は、先ず、日本の社会通念から逃れられる、ここが最大のポイントだと思います。

 日本では到底世間の目がうるさくて、実現できない事も、こちらでは充分可能と言う事です。つまり、尺度の違うところに逃げ込んで比較がしづらくすると言う事でもあります。いわば、尺貫法とメートル法比較のようなものです。
僕の義理の父親は僕より4歳年下ですし、母親は2歳年下、こういった関係は日本ではかなりきついんじゃないかと思いますが、こちらでは左程問題になりません、カラオケに行って一緒に「アンチェインド・メロディー」でも一緒に歌えば一発で解決って感じです。

 相手も所詮同じ人間なんだと言う、ヒューマニズムですね、これを東洋のナチュラリズムならぬ阿吽の呼吸、或いは暗黙の了解を求めると兎角失敗しますので、ナチュラリズムとヒューマニズムのハーモニズムと洒落込むのが宜しいかと思います。

 又、人生の基本は安心感と励ましですので、相手に対して、安心感と励ましを与えるというのは婚姻関係に留まらず全ての人間関係に於いて大原則です。
日本人同士だと兎角我侭が先に来て、理解し合おうと言う努力を怠りがちですが、これが、全く違う者同士だと、却って気を遣い合い、好結果を招く事もあると言う事です。
違いがあるからこそ理解し合おうと言う気持ちになると言う事でもあります。

 ここで、違いを論っていると、見解の相違なんか5万とあるわいって感じで、纏まるものも纏まりません。つまり、違いを受け入れるって事だと思います、違いを指摘するだけで、共通点をみつけようとしない、これはいけません、日本人の悪い癖です。

偏見

 国際結婚ってのはある面から言えば、偏見との戦いである。
戦いと言ったら大げさかも知れないが、奥さんが白人であろうが何人であろうが多かれ少なかれ周囲から奇異な目で見られる事は予め覚悟しておく必要はある、逆から言えばこれに正面切って立ち向かう勇気の無い人はやめた方が良いと言う代物である。
偏見なんてものは誰しも一つや二つと言わず沢山持ち合わせてるものだが、偏見と差別は紙一重であり、偏見が一度口をついて出ると途端に差別となって非難されたりするから要注意でもある。

 今でも思い出すが、義理の兄の洗礼式に列席して、司祭が「全ての偏見を捨てますか」と受洗者に向かって訊ね、受洗者が「ハイ、捨てます」と答えるのを見て、捨てる努力は出来こそすれ、捨てるのは無理だなと思った記憶がある。
たまには同じ教会に新宿の飲屋でホステスをしていた、フィリピン人を連れて行った事もあったが、その時姉が難色を示したのでそれ以後は連れて行くのをやめた事もある。
イースターの時も居候させていた六本木でホステスをしていたイギリス人の二人の女の子を連れて行った事があり、その時は神父も話し掛けて来たりして、私はその時、フィリピン人の時とは大違いだなと感じたものである。

 店に入ったりするとよく思うのだが、私がフィリピン人を連れて歩いている時とイギリス人と一緒に居る時と扱いが全然違う事がよくあり、カトリック教会でさえこんな調子では他は推して知るべしである。
それはさておき、今の女房とはアーティストのパーティーでたまたま日本に来て一週間目に出会っただけなので、劇的な出会いではないが、当時女房は未だ23歳だった事と、来てから未だ一週間だった事が幸いしたと言っても過言ではない。
これが日本二度目だったり、3週目だったら、ひょっとして女房もあのルーシーブラックマンみたいになっていたかも知れないので微妙である。
女房が英国で出会って日本に一緒に来たニュージーランドのJと言う女性は日本が二度目であり、前回来た時にホステスをした経験があり、女房を誘ってもう一度一稼ぎしようと思っていたらしい。

 たまたま女房は来日1週間目にして、僕と出会って説得され、僕も説得した手前面倒を看ない訳にも行かずそれ以来我が家で一緒に暮らす事になったのだが、その当時は結婚する事になるなんて事は考えてもいなかった。
今でも笑い話でたまに出るが、女房は当時自伝を書き上げたばかりでひげを伸ばし放題にしていた僕を見て35、6だと思っていたらしい、僕が50だとわかった時はかなりショックだったらしいが、既に情が移っていたのか、歳に関しては西洋人は柔軟性があるのか何事も無く済んだ。

 まぁ、2人とも酢も甘いも噛み分けていたからここまで上手く進んだと言っても過言では無い。
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