国籍を超え、年齢を超え、性別を超え

 38の時学校で習った事と実社会の齟齬に疑問を感じ会社を辞め、以来近代文明の淵源を探るべく、イタリアルネサンスの研究及び、祖父である柳田國男の研究を並行して行い、日本の特異体質とポストモダンのエートスについて深く追求して来た、僕が言う「惟神の道はローマに通じるか」の一言で言い表せる様な言わば普遍性追及の旅をしているわけだが、50の時に限界を感じそれまでの人生を半年間家に篭り自伝に纏め、それまで散り散りに乱れた人格を一つに纏める人格統合を試み、その後始めて出会った女性と結婚して今に至るのである。

 僕は50迄の人生を理念編、女房と再婚した50からの人生を実践編と呼び、便宜上理念編を前世と呼んでいる。
つまり、僕のモットーである「国籍を超え、年齢を超え、性別を超え」の実践である、果たして27歳年下のオーストラリア人と結婚して主夫が出来るかと言う無謀な試みでもあった。
幸いな事に結婚12周年を向え、僕も還暦を過ぎ63になってしまった、マヌ法典で言えば遊行期に差し掛かっている、23歳だったヤンキーならぬオージーの茶髪も遅れ馳せながら32で大学を卒業し35で公認会計士の資格も取り今は36になり、一件落着、僕も肩の荷がおりて現在は安堵のひと時である。

  そんな時静寂を破るように東日本大地震それに伴う福島原発事故が起き、普遍性追求姿勢も全能性追及姿勢も欠如する、いわば聖俗未分離の日本では科学すら宗教化して実に危険である事をいみじくも証明してしまった。
僕は今まで個の確立の重要性を説いて来たつもりだったが、個も論も無い日本と自分で言いながら、個の確立など期待すら出来ない事に気がつかなかったのだ。
つまり、輸入の学問では理解出来ない日本と言いながら、輸入の手法でしか説明出来ない自己矛盾を惹き起こしていたのである。
日本は僕が言う、ホーリズム、All or None、全と無の間を行ったり来たりしている聖俗未分離であり、先ずは個=1を導き出さない事には始まらないのである、無からは何も生じず、先ずは1を導き出す事なのである。
それには哲学の基本である自分を相対化して個=1の概念を括り出す事が必要なのであり、これが僕の言う「自分が無ければ始まらない」の所以なのである。
普遍性追求と言うのは、一言で言うと、共通項で括る事である、科学の基本である要素還元主義なのである、これは科学の基本原理である全能性追求姿勢の対極にあるのである。
違いばかり論う事に終始している日本人に普遍性の追求姿勢が生じさせるのは非常に難しい、それには先ず自分で考える事と言う哲学の基本が必要なのである。
「日本は潜在化しているタブーを健在化させ、差別を撤廃し、nationとしての国家から、stateとしての国家に脱却すべきである」なんて口で言うのは簡単であるが、言うは易し生むは難しである。
タブーの健在化、差別撤廃なんていっても一筋縄では行かないし、ましてや、ナチュラリズムとヒューマニズムのハーモニズムにホーリズムから一足飛びに行けるわけでもない。
かと言って普遍性追求の旅をやめるわけにも行かず、汝の隣人を愛せ、つまり足許から固めるしかない、つまり女房との普遍性追求の旅を続けるしかない。

捨てる神あれば拾う神あり

 人間関係と言うものは往々にして表面上の関係と実際の関係が違っている事が多い、実は僕は本当は僕が女房に救われたと思っている、表面上は僕が助けて育てたみたいに見えるが実際は違うのだ。
社会通念程いい加減なものもない、僕は神が女房を遣わしたと信じている「悔しかったら一人位誰かを幸せにしてみろ」って、その時感じたのが「捨てる神あれば拾う神あり」なのだ。
別の言葉で言うと、50迄は理念編、50以降は実践編とも言える、50迄は只御託を並べ、薀蓄を傾けるだけで、何一つ実際的な事が無く、50を過ぎ、60になんなんとした頃やっと人生の機微を学んだような気さえする。
僕はそれ以来女房の幸せを通して自分の幸せを追求すると言う、滅私、無私の境地で生きる事に決めている。
僕はよく、「僕の個人主義、自由主義は習ったものだから、時として強過ぎる」と言うが、オーストラリア人の女房の方が個体差はあるにしても余程日本人的に遠慮するし、人見知りするし、控えめな感じでもある。
日本人は輸入の学問に頼りすぎたので教科書を変える事が出来ない、つまり英文法を変える事が出来ないのであり英米人が英文法を間違えても例外になり、日本人が同じことをすると間違いになると言う事である。

人を愛するという事

 人を愛するって事は、その人の幸せの為に生きるって事で、自分の存在がその人の幸せの為にならなかったら、潔く身を引くって事だ。
よく、「貴方にはあたしが必要なの」ってにじり寄って来る女性がいるけど、愛の押し売りは良くない、アメリカの自由の押し売りも良くないけど。

歩調と波長

 人と付き合う場合、幾ら波長が合っても歩調を合わせるのは難しい、つまり、幾ら好きでも相手の都合ってのもあるからだ。
僕の場合みたいに、女房の小さな波動と僕の大きな波がたまたま一致して上手く行ったけど、こういうケースは滅多に起こらない。
まぁ、相手は人生のピーク、僕は終焉、たまにあのせわしなさに辟易して窒息しそうにはなるけどね、無理に歩調を合わせると後で皺寄せが来るから注意が必要だ。

夫婦補完関係

 夫唱婦随って言葉があるけど旧いね、日本では夫婦の関係も五分五分って固く考える人が多いけど、他人じゃないんだからそんなに固く損得勘定する事もない。これも習った英文法と同じで、習った男女同権は兎角ぎこちない、何も五分五分じゃなくても、8:2でも、7:3でも6:4でも全く逆でも、要するに出来る奴が出来る事をするってのが基本だな、出来ないことは出来ないんだから。

尺度を超える

 「年齢を超え、性別(この場合はジェンダー)を超え、国籍を超える」とお題目のように唱えていて、27歳下のオージー娘と結婚してついに赤道まで越えてしまって、主夫(ジェンダーを超える)をしてるんだから、求めよさらば開かれんってのはまんざら嘘でもない気がする。
僕は50以降の人生を第二の人生、以前を前世と呼んでいる、これは前にも書いたが、50の時それまでの人生を自伝にまとめ、そのあと最初に出会った女性がたまたま今のオージーの女房で、オーストラリアに移住して全く違う生活を送るようになったのでそう呼んでいるだけなのだが、これが自分にとってはかなり奇跡的なのでまんざら前世と呼んでもおかしくない気分でもある、つまり50以前は全て前世の記憶なのである。
 
 別の言葉で言うと、50迄は理念編、50以降は実践編とも言える、50迄は只御託を並べ、薀蓄を傾けるだけで、何一つ実際的な事が無く、50を過ぎ、60になんなんとする今やっと人生の機微を学んだような気さえする。
国籍を超え、年齢を超え、性別を超えと言っても抽象的で判り難いので少し説明させて頂くが、全ての尺度を越えるというのは、簡単そうで居て実に難しい、幸いな事にオーストラリアは南半球で、渦巻きも逆、太陽も北側を東から西に動くので、ここら辺の常識から変えて行けば簡単である。
まあ、簡単に言うと、この世で追いつけないものなんて年齢位なもので、年が上だからというだけで威張らないとか、男だからこうあるべきだ、女だからこうあるべきだとか、オーストラリア人だから理解出来ないだとか言う考えを吹っ切って違いを受け入れることなんだが、オーストラリアは日本みたいに戸籍謄本とか住民票台帳みたいなものがないからなんだが、例えば、27歳下の女房が所帯主としてやっていくみたいなものだと考えると判り易い。

 昨年の11月でやっと結婚7周年を迎えられてほっとしているが、この7年は実に充実していた気がする。最初の内は尺度を超えるなんて言っている本人が超えられないでやきもきしていたが、出会った時は23歳だった女房も今では31になり自覚もはっきりして来たし、これで僕が還暦を迎える迄にしっかりと足場を築いて貰えればそれ以上の事は無い。
年が離れているので、言わば父子家庭みたいなものであるが、そんなこんなで旨くバランスが取れている感じである。
若い時に躓いた女房と二人で人生をやり直す事が出来たのは自分にとってはそれこそ奇跡みたいなものだった。
これは子育て擬似行為みたいなものかも知れないが、娘が欲しかった50がらみの親父が父性愛に飢えていた23歳の娘と一緒になった、今の女房との1年は犬年齢じゃないが一年が5年くらいの充実感がある。

 進路で悩むオージー娘と運命を共に出来、その成長振りを目の前で見れる、子供の出来ない自分にとって、子供みたいな年齢の女房の人生で直面する色々な局面に立ち会えるってのは実に幸せな事である。
第二の人生は女房の幸せを一義に生きる、無私の境地で行きたいなんて油断してしゃれたことを考えていると、生意気な女房の態度にむかつかされたりして、そんなに簡単には物事は進まないが、老いては子に従えとも言うし、主と従をちょっと入れ替えるだけで意外とスムーズに進むものである。
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