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ワンネス

最後に兄と会った時兄がこんな事を言った、

「君はお爺さんと一緒で、縦横のインデックスが繋がってないと気がすまないのよ」と、さも僕の文章を読んでいる事をほのめかすように言った。
「為ちゃんともそっくりだ、僕にはそういった所が無いから救われた」とも言った。
この「縦横のインデックスが一致しないと気が済まない」って言葉を一時多用していた事がある。
これは祖父の頭脳が恰もリレーショナルデータベースの様であり、父のそれはカード型データベース位の違いが両者の間にはあったという意味合いでだ。

「一方母から受け継いだ片意地な潔癖なども、世渡りの上には少し不便であったが、これとても子孫が似てくれないことを願うほど、悪いものとは思っていない。」

と祖父もどこかで書いていたが、自分は正義が曲げられないし、世間に阿れないし、妥協も出来ず、如何なる矛盾も受け入れられない。
普段から自分のセオリーは国籍離脱しないと完結出来ないとは言っていたものの、これが和魂洋才という最後の矛盾を取り除く事になるとまでは思い及ばなかった。

25年前に自分が一体何が気に入らないのか予備知識の入る前に書いておこうと思い、思いつくままに書き連ね500部だけ非売品として刷り、名刺がわりに配っていた『ワンネス』の最初に

「何を考えていても、何かをしていても、いつもぶち当ってしまうところ、足を引っ張ってしまうもの、何か変だなと感じるもの、まずそれを解決してから進みたい何か。 そんな事を考えている内に十年経ってしまった。 余生を如何に生きるか、これが今の私に課せられた課題である。」

と書き、それから始めた所謂自分探しの旅だが、

ワンネス

「結局私が追求してたのは、ワンネスということであり、ノーバウンダリーだった事が分かって来た。
つまり物と心の二元論を一元に持っていく、二面性のあるものを限りなく一つにするその努力だったのである。
つまり本音は建前に、主観は客観に限りなく近づける努力をする訳である。」

といつの間にか普遍主義追求の旅へと変わって行った。

思えば25年、
ワンネスに始まりワンネスで終わる、
回帰だ、
魂才一致の原則、
和魂和才の柳田國男、
和魂洋才の福沢諭吉、
両方とも敗退したので、
残るは、
洋魂洋才の内村鑑三しかいない、
哲学的にも普遍主義、
政治的にも普遍主義だ。

今回国籍喪失届を領事館に提出して初めて魂才一致が達成された事に気づいた。
普段から国籍離脱しない限り自分のセオリーは完結しないと言っていたものの、それが何故なのか明確じゃなかったのである。
これで名実ともにリベラルになれた。
面白いもので、普段モットーにしていた、国籍を超え、年齢を超え、性別を超えるというスローガンが普遍主義の実践そのものだと知ったのもかなり後になってからだし、ニコラスクザーヌスの所謂、個は全を包含する、一にして全なる個ってのを体感したのも20年掛かってるし、今回25年目にしてやっと魂才一致の原則が、25年前に書いた『ワンネス』と一緒だという事に気付いた。

祖父の霊に導かれ始まった日本の特異体質の追求は再び霊に導かれ終わり、そのまま普遍性追求へと変わって行き、ワンネスの追求に始まり国籍離脱する事で魂才一致という最後の矛盾を取り除きワンネスで完結する事が出来た。

柳田國男を学ぶのか柳田國男に学ぶのか

國男に学ぶ為には、先ず國男を学ぶ必要がある。彼を知る為には、彼のメンタリティーを知らなければならない。 彼の「知」の「技法」を学び、方法論を学び、初めて彼を学ぶ事が出来る。彼に学ぶのはそれからである。

史心 内省 実験

次の図式は柳田國男の基本的な考え方を自分なりに纏めたものです。
國男の考え方の基本
昨日 今日 明日
史心 内省 実験
過去 現在 未来

柳田國男が主張し続けた史心・内省・実験は、各々が過去・現在・未来に対応しているかのごとくに映る。
その大きなうねりの中に、昨日・今日・明日という小さな波が繰り返される。
それは、日常の小さな営みが繰り返される事が、世界の大きな営みを造り出して行くというダイナミズムである。
彼のこの思考方法を理解出来なければ、彼の壮大な考え方は理解出来ない。
これは、自分自身の昨日・今日・明日を考えずして、国の過去・現在・未来を語る事は出来ないという事である。
自分自身の昨日・今日・明日、つまり日常生活のサイクルを、史心・内省・実験のサイクルの中に置く事により、過去・現在・未来を正確に把握する、これが柳田國男が独自に編み出した認識方法なのである。
彼が、哲学は避けて通ると言いつつも、方法論は充分哲学的なのである。
内省を中心に据える事自体が、自分自身を相対化するという哲学の基本なのであり、内省により括り出された理念を実践する事が、彼の所謂実験そのものであり、未来への指針なのである。

柳田國男が和魂和才を追求してた事は逆から言えば和魂洋才への警告である、巷では民俗学は無化したという人間迄出るに至ったが、逆から言えば和魂洋才として如何にも存続し得たような他の各論こそ形骸化してしまっているのに気がついていないだけなのではないだろうか。
つまり、筆者が言うように海外の学説は全てデカルト以降の社会に対応しているのに日本人は無視するか、気が付きもしていないからである。
和魂和才を馬鹿にする人間は和魂洋才が行き詰まっている事にすら気が付かない、それはひとえに洋魂の研究が足りなかった為である。

と「個人学」の勧めでも書いたが、
柳田國男の教えは此処でも生きていた事を再認識させられた。

「私はいつでも現在にとらわれている。変化を受けた、いろいろの影響を受けた日本人を知りたいという心持をもっている。しかしそれをやっておったら研究が非常に複雑になる。なんなら今から若い人たちの見方に加わってもよいが、もとは古い旧日本だけに力を傾けていた。少しく妥協的に聞こえたかもしれぬが、私は久しいあいだ「日本人らしさ」という言葉を使っていた。若い人たちはそれを解して、西洋の文明を受けて生きておくこともその「日本人らしさ」のうちのように考えたかもしれないが、自分だけはそれを固有のもの、開港以前からあったものというつもりだった。あるいは二つに分けて、現代の日本人らしさを知るのを、第二部とでもいっておいたほうがよかったろうか。」

残念ながら柳田國男の括り出した日本人らしさは悉く近代文明にそぐわないものだったが、今迄幾多の日本人論は語られたもののこの第二部を試みた人間は居ない。
この意味でも筆者が日本の特異体質の追求に引き続き普遍性の追求を試み、洋魂洋才の環境に移住し帰化するに至ったのは我ながら感慨深いものがある。
結局最初から最後まで祖父の霊に助けられた。

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