「普遍性」と「多様性」って両立すんの?

俺はこのツイを見て絶望した。
これは神と人間が果たして両立するかと言ってるのに等しい。

本人はちょっと洒落た事言ったつもりで鼻の穴膨らませてるんだろうがこんな事したり顔して言っている日本人に未来はない。

全能性の追求は科学の目的であり、普遍性の追求は科学の手段である。
普遍性の追求、即ち要素還元主義であり、共通項で括る事詰まり因数分解である。

多様性だからこそ普遍性を追求するのじゃないのか、自分を限りなく相対化して個=1を括り出すのが普遍性の追求、哲学の基本だよ。
国籍も性別も年齢もない、色も言葉の違いもない個だからこそ1=individual(不可分=不可分業)なんじゃないのか。

これが理解出来ないで、文明化出来ると信じてる日本人程下らない土人は居ない。
それこそ「日本死ね」じゃないのか?
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日本死ねに想う

日本人もそろそろ自由そのものを学ぶ必要がある。

そもそも西欧では自由というものは社会との契約ではない神との約束事であり、それを規制するのが法律というものである。
社会の上位概念が無いから日本人は私権の行使と個人の自由を同次元で捉える。
私権の行使詰まり法律で守られている権利の行使にも自己責任を問うのは矛盾である。

日本死ねと言うのも自由だが、社会的制裁を受けるのを覚悟で言え、それを流行語大賞に選べばユーキャンのウィキペディアが荒らされるのを覚悟でやれと言う事だ、公序良俗即ち公の秩序、善良なる風俗に反する事は法律で禁止されている。

日本には社会の上位概念が無い、詰まり法律の上位概念が無い、憲法問題も全てここに原因がある、突然立憲主義からスタートする事に無理があるのだ。
小林節にジュリスプルーデンスについて語って呉れと2度ほどツイしたが残念ながら無視されたが、立憲主義を認める事は半ば普遍主義を受け入れたも同じ事であり、普遍主義を否定する日本会議が認める筈もない。
何度も言うが、総論に瑕疵がある時に幾ら各論を弄り回しても問題は解決しない。
それは、憲法に問題がある時に法律の拡張解釈で憲法違反を回避する政府を見れば判るだろう、問題はその上の上位概念にあるのだから。
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