出羽守の短絡にも困ったものがある

高畑淳子の息子の性癖インタビューに想う。

出羽守が日本は民度が低いと嘆いたところで、一足飛びに息子は息子、母親は母親といった個人主義になれる訳もなく、何を勘違いしたのか日本の社会は未だに未開のままなのだ。

何故出羽守は当然の様に日本の社会に新憲法の前文の様に人類の普遍的原理を当てはめようとするのだろう。
是れが筆者が所謂、日本がアメリカじゃないと文句を垂れても始まらないと言う所以である。

勿論近代文明が西欧の普遍主義で構築されいて、民(civil)度(level)詰まりcivilisation levelが低いという事になるのだが、これがイタリアルネサンスの様に意識改革の切っ掛けになれば良いのだろうが、日本人は普遍主義の普の字も理解してないではないか。

近代文明は個の確立を基本とする普遍主義で構築されているが、日本には個=1という概念すら無い、日本は個も論も無い前近代、癒着、談合、隠蔽の社会なのだ

個も論も無い日本の民度を西欧の尺度で測れば低いのは当然の事、然しながらその尺度が普遍主義由来だからこそ日本会議が頑なに拒絶してるのではないのか。

結局日本人にとって西欧から導入した社会システムは教育システムに至るまで皆建前なのであり、本音は旧態以前とした世間であり苛めである、その建前を盾に文句付けても見当違いだって事だ。

聖俗未分離、前近代、中世のままの日本の社会に西欧の尺度をそのまま当てはめて、民度が低いと嘆くのはお門違いとも言える、其れこそ嫌なら日本人をやめろと言われるのが落ちである。
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安倍晋三の一挙手一投足が日本から俺の心を引き離す

リオの閉会式の猿芝居が猿真似文化の集大成とは恐れ入った。

でも安倍ちゃんの放った決定打が、俺の心を完全に日本から離してくれたのは嬉しい、まさに決定打だ、日本は理解出来ない化け物と化した。

今回のリオ五輪の閉会式での日本のパフォーマンス程反響を呼んだものもない。

政治をオリンピックに持ち込むな、
オリンピックを国威発揚の場に使うな、

何故日本の首相がイタリアの配管工のコスプレなんだ、
サブカルを日本の文化として全面に押し出すな、

等々賛否両論の中で、

君が代のアレンジは良かった
椎名林檎を起用した事は時代のエポックだ

と絶賛する意見も多い、

結局俺的にはリオ五輪のメルトスルーすら思い起こさせる荒唐無稽な安倍マリオの土管のパフォーマンスを観て、日本を離れて良かったとつくずく思った、

オーストラリア住みなので断片しか読み切れず全体像を把握するのに時間が掛かったが、

あの猿芝居を理解出来なきゃ現代人として認めないみたいな風潮、猫も杓子も遅れを取るまいと判った振りをする、結局日本人の付和雷同が出ただけ、所詮コピーのコピーよ、猿真似でポスモやってたのとどう違うのか、椎名林檎か何か知らんが踊りの合間に聞こえる稚拙な英語、恥だね。
結局うわべだけ近代やって見せても中味は相も変わらぬ世間主義人民共和国って事よ、北朝鮮のマスゲームとどう違うんだよ。

左様ならニッポン

「理屈じゃない」の世界

 明治維新以来の付け焼き刃がボロボロ欠けて行く、何故立憲主義に至ったかの根拠が希薄すぎる、新憲法でさえ前文にわざわざ人類普遍の原理と迄入れて貰っても理解すらも出来ない。

 3・11で絶対に漏れない原発が漏れた途端神のみぞ知ると日本の科学が宗教に近いと証明され、その四年後には憲法問題、人文学の衰退の問題まで起こり、これは何れも根は同じであり、和魂洋才の弊害である。

 この根幹にある問題を解決しない限り日本の文明化は望めないのだ。

 何故日本会議が立憲主義まで否定しようとするのか、それは立憲主義そのものが洋魂であり、普遍主義由来だからに他ならない。
自然の摂理とも言える普遍主義すら否定して時代逆行しようとするこれを野蛮と呼ばずなんと呼べるのだ。

 左様ならこれ以上はお付き合い致しかねる、さようならである。
 別によその国が取り立てて良いというのではない、日本がどうしようもなく酷いという事だ。

 人文学が社会の役に立たないのは学問が悪いのではなく、学問が外来であり、日本の前近代社会に合わないからに他ならない、日本では輸入の学問は建前だからだ、筆者がこれまで何回も繰り返し繰り返し言って来たように、海外の学説はデカルト以降の社会に対応していて日本のような前近代社会、つまり中世オカルトの社会には対応していないからなのだ。

 学問が社会の役に立たないのではなくて、日本の社会が人間の役に立たないのではないのか。

 普通は社会がいけなければ社会を変えようとするが、日本の場合は人間が社会に合わせる事を強いられるのだ。

 以前も書いたが日本は戦後全体主義の社会にアメリカのプラグマティズムを取り入れて人間がロボット化し、凄まじい経済発展を遂げた、しかし戦後七十年国民にこれ以上の犠牲を強いるのは無理だと言う事だ、柳の下にドジョウはいない。

 日本の伝統を守るのも大切だが、近代文明の淵源を教育に盛り込むのは必須である。
日本人が学ばなくてはいけないのは謂わば「近代文明学総論」とでも言うべきものである。

 日本人は本屋が好きだ、ありとあらゆる本が並んでいるのだが、結局そこ迄は判っている、その先が知りたいというハウツーものの域を脱しないものが多い。
前回の「個人学」の勧めもこれも、その所謂「その先」の部分を書きたいと言う筆者の願望の表れでもある。

 日本人はどうしてか教科書に出ている事しか信じない傾向がある、筆者の様に教科書に出ていない事を追求している人間とは自ずと接点すら無い。
日本の心は輸入の学問では解けないと言いつつ、輸入の手法でしか解けないジレンマ、その割には近代文明を構築する普遍主義の普の字も理解していない日本人。

 次の図は以前仮説として描いた洋魂の仕組みの改訂版であるが、日本人はどうみても俗の部分だけを利用しているに過ぎない事は明らかである。

yokon


詰まり科学の目的である、全能性追及姿勢も手段である普遍性追及姿勢も日本人には欠如しているのだ。

 図をじっくり見て頂きたい、日本人には円の中の要素が全て欠如しているだろう。
それは何と言っても円の中心に位置する論理性の欠如から来ている。
従って哲学も生じる余地は無い。
 

 哲学は論理学、美学、倫理学、宗教学全ての総称であり、哲学が欠けると言う事は他の全ての学問にも影響があるという事でもある、日本には寄せ集めの道徳規範以外倫理規範が欠如しているのだ。
これで上手くいく訳が無いのは一目瞭然にも関わらず
 日本は国家を挙げてそれを隠蔽しようとしている。

 所詮筆者の試みも日本の社会を西欧の尺度で断罪したに過ぎ無いかも知れないが、すくなくともその事すら学校では教えて貰えない。
それにも関わらず日本人が和魂で全てが賄えると信じているのが不思議だ。

 結局本来総論(聖)であるべき哲学迄も各論(俗)に横並びにしてしまったとも言える。
何故なら外来の学問は日本人の主観とはなり得ず、あくまでも客観だからだ。
これが筆者が、客観の客観視なら誰にでも出来ると言う所以でもある。

 日本を考える場合、日本人の言う、価値相対主義=ご都合主義、反知性主義=情緒至上主義であるという二点を念頭に入れておく必要がある。
彼らは自己正当化の為ならどんな言い訳も厭わない、国を挙げて瑕疵を隠蔽しようとする。
一度蓋を開ければそこには嘘の蔓延する中世暗黒の社会所謂日本人の大好きな「理屈じゃ無い」の世界が拡がっているのである。

 今こそ聖徳太子以来のご都合主義に終止符を打つべきなのである。
そこに真実は無い、美意識先行型の日本人は真善美を海外から輸入した際に勝手に美善真と並べ替えてしまったのである。
日本では真実は最後に来ると考えると妙に納得出来るだろう。
かくして日本人=ネットウヨ=内弁慶=負け惜しみ=言い訳の人生=甘えの構造=天皇の赤子に成り下がったのである。

 たまにこれ以上書くのは無意味だとすら思えて来るが、筆者が書きたいのはこれだけ和魂洋才の弊害が明らかな時に日常生活に支障を来さないわけが無いだろうって事なのだ。
要するに家族をも含む小さな世間から国会という大きな世間まで皆おなじと言う事なのだ。
今回左様ならニッポンに至ったのも、後述するがこの確立されていない前近代社会の日本では家族という世間が崩壊したらお終いと言う事であり、かと言って近代文明の均質化(普遍化)に敵うわけもなく、政府がやっきになって家族の絆を強調するのもそこに原因が隠されているのだ。

ヤフーブログ愛と死を見つめてより

2007/2/1(木) 午前 8:11

 僕の場合27歳年下と結婚した時点で既に愛と死をみつめてなんだが、母親のモラハラから逃れ、南半球に移住してやっと、落ち着いて、女房に救われたなんて言っていたら、そうは問屋が卸さない、M蛋白検出、、
こっちに来てあまりにも平穏な生活だったので、却って毎日、何か起こったら怖いなと、心配の連続だったのだが、あの幸せ感が強い時に起きる喪失の恐怖って奴か、僕の場合性格が弱いので神様ほ左程強い試練は与えないみたいで助かるし、今回も女房の身に何か起こったのじゃなくて助かった。

 でも面白いもので、神様ってのは必ずって言って良いほど、地位に乗っかってると試練を与えるみたいだ。
今回だって、人生なんてこんなにスムーズに進むもんじゃないよな、って心配になった時、突然神様からジャブを入れられたみたいなもんだったし、身が引き締まる思いだ。
逆に女房の方が落ち着いていて、心配する僕に向かって「あたしだってグレーブス病を持って、常に気をつけて、チェックしなくちゃならないんだから」と病とともに歩むって姿勢が鮮明に打ち出されていて感心する。

2007/9/23(日) 午前 5:47

 いつもこうやって病気の話ばかりだし、女房に申し訳ないと思う。
たまに、元気な内に日本語の判らない女房の為にビデオメッセージなんて作っておいたらどうかなんて思う事すらある。
こないだも女房曰く、「やっぱ、こっち(オーストラリア)の気候が貴方の身体に合わないんじゃないの?」だと、
「おいおいっ、おれに日本に帰れとでも言うのかよっ」
「一人でじゃないわよっ、ママ(自分の事らしい)とよっ」
「でもCA(会計士)の資格とってからだろっ?」
「海外でもCAプログラム受けられるらしいわよっ」
「そうか、じゃあ、先ずは大学卒業してからだなっ」
矢張り老後は日本の医療制度の下で暮らすのが良いのかなと迷う。
でも、先生が「今年中にIgMの値が上がり続けるのだったら、薬を投与してみよう」なんて言うと、
この医者なんで今年中に治療なんて、経過観察に飽きたんじゃないのかなんて疑いたくなって来るので、兄貴も言うように日本の医者にも一度見てもらうのが安心かも知れない。
それにしても、これから益々女房の世話になる機会が増えるのは間違いないので、どうにかして、僕の感謝の気持ちだとか愛情だとかを形にして遺したい気持ちが募る。
例えば、英語のホームページだとか、英語で女房に会って以来如何に幸せだったかとか何でも良いのだが。

2009/12/17(木) 午前 7:06

 夕べ寝入りばなに女房がパースにいる祖父母の事を話していて、「あの人達はあと10年位しか生きないって感じね」と言っていた、「あと10年しか生きないってどんな感じかしら」、、、
「って事は貴方も後20年って事よね」、「死ぬのって怖い?」、、、
「死ぬ事自体は怖くないけど」、「生きたい、もっと?」、「まぁ生きていてもする事はあまり無いけどね、君と一緒にいたいだけかな」、、
「たとえ癌じゃなかったとしても、大した事も出来ないでしょ?」、、
以前癌の宣告を受けた時にも、「死にそうになったら、日本に送り返した方が良いの?」と訊かれた事があって、「俺はお前の傍で死にたいな」と答えた覚えがあるが、今朝風呂場の鏡に映った自分の身体をまじまじと見て、これも後20年も持たないのかな、もっと持ちそうにも見えるけど、なんて考えてしまった。
女房もうわべは平静を装っていても、僕の数値があがったりすると矢張り心配なんだろう、やっぱり俺がいま居なくなっちまったら生活は空ろになってしまうし可哀想だよな、、、願わくばもう少し延命したいものであるな、、

 それにしても、死ぬ時は体重が何キロあるのかしらないけれど、小動物と違って人間がくたばってしまうって事は大変だろう残された者にとったら、、、
あの浜辺に鯨が打ち上げられたみたいに扱い難いだろうなと思うと実に申し訳なく思う。

マクログロブリン血症

大人モード用没原稿

 今年は、ブログのタイトルもありがたいこってすとして、感謝の念を常にもって生きる事にしたばかりであるが、
常々人生色々ありまんねんっ!と言うように、そうは問屋が卸さないじゃないけど、何か起こるものである、、
これを僕は試練と呼んでいるが、現在の地位に乗っかってると神が必ず試練を与えるみたいである、

 40の時に何処かのデパートでやったコンピューター占いで52以降がフラットで心配した事があって、今回今の女房と再婚してオーストラリアに移住し、女房に救われたなんてうはうはしていたかも知れないなんて心配になった。
「こんな幸せが続く筈が無い、、」なんて流行歌の歌詞じゃないが、幸せ感が強いとこれを失いたくないが為にすごく心配になる時があるが、今回も幸せの絶頂と言ったら大げさかもしれないが、我が人生の中では一番の至福の時期である、こんな伏兵がいたとは気がつかなかった。

 人生そんな簡単には進まないよな、そんなに自分の思った通りには行かないというか、そうは問屋が卸さないと言うか、毎日はらはらしていたのも事実だし、怖かったんだよね実際、何かあったらどうしようとばかり考えていた、少なくとも、女房に降りかかった災難じゃなくて良かった、

 去年あたりから、いつ死んでも悔いがないように暮らそうと思いはじめ、お陰様でこの幸せ感があればいつ死んでも自分自身は悔いが無いが、女房の悲しみを考えるとそうも言っていられない。

 だからと言って、寝たきりになったり、闘病生活じゃ迷惑をかけるだけだし、潮時ってのはあるのだと思う。

 つまり、女房が旦那に先立たれても悔いを残さない事が肝心なので、僕がいくら悔いを残さなくてもあまり関係無いということである。
女房に最初出合った時、後25年付き合わないかと言った記憶があるが、すでに7年経過したので、18年と言う事になる、つまり、僕が77で女房が50だな。

 いずれにせよ、人生これから何が起きるか判らないのだし、極普通に進めば女房が50の時僕は77だし、いつかは別れなくちゃならない時が来る。
これからは、いつ何が起こっても悔いない為に一日一日を充実させたいものである。
でもこういう事があると、何かだれてる俺に神様が励みになるような事を呉れたみたいな感じで、生きてる限りは一所懸命頑張ろうって感じになるね、

 今日もNHKで『千の風になって』の特集をやっていたけど、僕なんかも以前から、僕が年を取って女房一人残して逝かなくちゃならない時は空から見守って、新しい恋人に苛められてないだろうかなんて心配になるんだろうななんて考えていた。
愛するってのは相手の幸せを望む事なんだから、自分がいなくても女房が幸せになって貰いたい気持ちには変らない。

製薬会社用未投稿原稿

 日常の些細な営みに喜びを見出す事を覚え、愛する人の為にも自分の健康管理は義務である事を学んだ。

「病気が教えてくれたこと」

 それは27歳年下のオーストラリア人と再婚し、オーストラリアに移住してから5、6年経ってやっと落ち着いた時にやってきた、夫婦仲もしっくりいき始め、これ以上の事は無いなと思い出した頃、「♪こんな幸せが続く筈が無い、、、、、♪」なんて口ずさんでいた矢先癌の宣告を受け、これこそ神の試練と身の引き締まる思いがした。
たまたま受けたアレルギーテストの結果、アレルギーは無いと判ったが一つの免疫淡白の数値が突出しているので専門家に診て貰う必要があると診断されたのだ。

 CTスキャンをして、リンパ腫の有無をチェックしたが何も無く、、骨髄穿刺をして貰い結局骨髄腫では無いので、結果はマクログロブリン血症と呼ばれている血液の癌であった。
思えば40才になった時に一度人生を白紙に戻して考えようと自分が何をしたいのか何を考えているかを小冊子にまとめ、50才になった時にそれまでのばらばらになった自分を人格統合の意味を込めて自伝にまとめ、その直後最初に出会ったオーストラリア女性と再婚し、50以前を理念編、50以降を実践編として無私、滅私に勤め、女房の幸せを通して自分の幸せを見つけようとして来た積りになっていたが、結論を出すのは未だ早過ぎたと言う感じであった。

 パラダイムの転換とばかり、「国籍を超え、年齢を超え、性別を超え」と言う持論に拘り、年下の外国人と再婚し、南半球で主夫の座を確保して安堵し、その地位に甘んじていたおごりに対する警鐘に違いない。
実践編とは言いながら、「愛する人の幸せを通して自分の幸せを見つける」等と未だに無私だとか滅私だとか形式に拘り、地に足が着いていなかったたに違いない。
 
 渡豪した時既に52になっていたので、仕事も見つからず、苦肉の策として女房に学校に行って貰い、次の年から仕事をして貰う事にし、自分は専ら内助の功の裏方に徹する事にしたのが功を奏して、幸いな事に女房も去年大学の全教科を修了し、現在は会計士のコースに進んで毎日仕事と勉強に追われる日々を送っているが、余りにも上手く進みすぎ、それに有頂天になった自分に神が試練を下さったに違いない。
 
 でもこの宣告が却って自分を振り返る良い機会を与えて呉れ、お蔭様で一日一日の生活に喜びを見出す事が出来た。
日常の些細な営みに喜びを見出す事を覚え、何よりも大切なのは、愛する人の為にも自分の健康管理は義務である事を学んだ。
 
 去年還暦を迎え、今年は女房とも10周年ですし、今迄の10年間を振り返り、今後何が起こるか判らないが、この心の安寧を維持する為には自分はどうあるべきかを今一度考えてみたいと思う。

癌の宣告を受ける

 2006年の暮れに近所の韓国人の医者にアレルギーチェックの相談に行って、血液検査をして偶然にわかったのだが、モノクロナル、グロブリン、カッパ、ライトチェーンって言う蛋白が突出してるらしい、、

 あまり緊急じゃないと言うので、スペシャリストの予約が年明けの25日になっていたので、忘れていたが、無罪放免された訳じゃなかった。
もう一度血液検査をして帰って来たが、週明けにCtスキャンをしてリンパ腫の有無をチェック続いて骨髄穿刺をするらしい、、、痛そうだなっ、

 骨の痛みだとか、リンパの腫れが触診ではなかったので何れにせよたいした事は無いのだろうが心配だし、用心に越した事はない。

 心配なもので、暇に任せてインターネットでサーチしているが、横でマクロ経済学を勉強中の女房は、動じていない感じです。
二三日前も「あたしだってグレーブス病を持ってるし、定期的にチェックしなければならないし、発病したら治療法を探すだけでしょ」と一括されてしまった。
 月末にCTスキャンをして、リンパ腫の有無をチェックして、現在医者が骨髄穿刺の手配をして呉れているらしいので、その結果により、エムガスなのか否かがわかるのだと思うが、今のところ何の症状もないので、十中八九エムガスに間違いないだろう。
医者がトロピカルな地域に行っていた事があるかなんて訊くと、ハワイに行ってたのがいけなかったかなとか、ハワイで一緒に働いていた同い年の仲間が二人も死んでるしなとか、心配は尽きない。
 
 今日夕方4時少し前に医者から電話があって、31日にしたCTスキャンの結果は扁桃腺が少し腫れ気味の事を除いては異常無しだったけど、25日の血液検査の結果が11月の時より少し蛋白の値が上がってるから、骨髄穿刺は避けられないと言って来た。
この1二週間の内に彼が病院で手配して呉れるそうだ。
僕は密かに彼から電話で蛋白の値が下がってるから、骨髄テストは必要が無いよと言って来るのを期待してたのだが、期待に反して結果は悪化していた。骨の痛みだとか、他の症状が見られないから、大抵はMGUSだとは思うけど、医者が何も言ってくれないので心配である。

 11過ぎに病院から電話があり、専門医から骨髄テストの予約をするように言われてるので、何時が良いかと問い合わせがあった、こちらはいつでも結構ですと答えると、来週早々はどうだ、準備に少し時間が掛かるけど、穿刺は10分もあれば終わると言う事だった。
 
 普通どおり食事しても良いし、シャワーを浴びるなら早めに浴びてくれみたいな事を言っていたが英語の早口だったので、良く聞き取れなかった、術後はしばらくシャワーを浴びられないと言っていたのかも知れない。
公立病院なので健康保険扱いで金を払う必要は無いと言うので助かった。高いと聞いていたのでびくびくしてたので、ひとまず安心した。

 行ってきました、骨髄テスト。日本時間の朝6:30に開始、30分で開放されました。セットで血液検査もやりました。
服を脱ぐのかと思ったら、靴のままでベッドに横向きに足を曲げて腰を突き出す形で、行われました。

 最初に、骨髄採取、吸い出すときに傷みが走ります、続いて骨のサンプル採取、これは圧迫されなんとも言えない痛さ、最初上手く行かず、二度やったので、痛みも二回、参りました。

 家に帰ってから後を見たら、血液検査より少し大きめの絆創膏が付いていました、今日はシャワーは駄目らしいです。
 
 エムガスかと思ったら、、僕の場合はIgMが多いので、本態性じゃなくて原発性の方らしいです、今のところ、疲れ易い、すぐ蓄膿になる症状を除いて他に症状が見られないので、何とも言えないと言われました。
リンパ節には今のところ異常が見つからないです、又一月後に血液検査をして増えていたら治療になるかも知れません。医者が7月にアテネで学会があるから、新しい情報が入るかも知れないと言っていました。期待しましょう、医学の進歩に。
 以前こんな事を書いたのを思い出した、
『僕自身も女房と結婚5、6ねん目にして夫婦仲もしっくりいき始め、これ以上の事は無いなと思い出した頃、「♪こんな幸せが続く筈が無い、、、、、♪」なんて口ずさんでいた矢先癌の宣告を受け、これこそ神の試練と身の引き締まる思いがしたものです。でもこの宣告が却って自分を振り返る良い機会を与えて呉れ、お蔭様で一日一日の生活に喜びを見出す事が出来ました。』

 この頃は歯槽膿漏から来る上顎洞炎に悩まされていたとは言え、朝起きて一番にするのがpcを立ち上げる事でかなりの空しさを感じていた時で、癌の先刻はその空しさを一気に吹き飛ばしたものだ。

 今では上顎に残っていた3本の歯を抜いて貰う事で、上顎洞炎(蓄膿症)からも開放され、15、6年前から後頭部に出来た毛嚢炎(毛包炎)からも同時に開放され、その時初めて喉と後頭部は意外と近くて感染し易いって事を知ったりもした。
その上ラクトフェリンを摂りだした為なのか、30年来夏になると悩まされた腰周りに出来る赤い斑点も消えて万歳と言う感じでもある。

 還暦パーティーをきっかけに筋トレも再開し今では68kgあった体重も60前後に落ち着き、ウェストも引き締まり、胸の筋肉も引き締まって、この身体のどこに癌細胞があるんだよって感じでもある。

 朝起きてすぐモディフィランと言う昆布のエキスを3カプセル飲み、朝食後、ビタミンD、ビール酵母、ラクトフェリン、前立腺のハーブを飲んで、昼と、晩には自家製の椎茸茶を飲んでいるが、これで小便の出も良くなり前立腺のハーブを飲まなくて済むなんって言ったら最高なんだけど、そうは問屋が卸さないみたいである。
9月11日に抜歯して、抜歯の前から抗生物質を飲み続けているにも関わらず、14日には臭い出し、17日に型をとり、20日に出来上がり、傷口が癒える迄はしょうがないかなと思いつつ、抗生物質をとり続けているが、未だに臭う。
 
 昨日は一日臭わないで推移してこれで、副鼻腔炎ともおさらばかななんて淡い期待を持って、シャワーを浴びようとした途端臭い始め、寝る間際迄臭っていた、溺れる者は藁をもすがるで、久しぶりにステロイドスプレーを気休めに使う。
思えば3月に歯の治療した時にも2週間後に発症し、以来ずっと断続的に続いていたのだが、それにしても今度の症状はひどい、本当に抗生物質の効かない身体になってしまったのかと恐ろしくなる時がある。

 鶏が先か卵が先か判らないが、マクログロブリン血症と診断される前から副鼻腔炎には悩まされていたし、頭の後ろの毛嚢炎も10年前に一度あったし、果たして、これがすべてIgMが原因だとしたら悲劇である。
 
 鼻の粘膜には分泌型のIgAが必要だと言うので、理論的には副鼻腔炎が治らないのはマクログロブリン血症が原因だと言うのがもっともだと思うが、たまにすべてが体内にいる黄色葡萄状球菌のせいなんじゃないかと思いたくなる時がある。
あるサイトに、「一部の患者では頻発する細菌感染が主要な問題である。」って書いてあるのを見る度に、これなのかなと心配になる。

 今回の血液検査は先生が短期間にIgMが増加していたら薬を投与すると言うので、11月早々にすることになったのだが、先生に会うのは相変わらず12月下旬。
密かに期待しているのだが、今回の血液検査は初めて黄色葡萄状球菌に感染していないのである、思えば去年の8月に頭の後ろがグジュグジュして感染し、それに続いて副鼻腔炎勃発、しょうがなくてしたアレルギーテストでM蛋白の値が高いと言う事で数度の血液検査及び尿検査を経て翌年骨髄テストをして初めて原発性マクログロブリン血症と診断された訳である。

 その後3月初旬に歯医者に行きその二週間後に変則的な副鼻腔炎になり、3月の血液検査もその後の6月、9月の検査も副鼻腔炎を伴っていたのである。
特に9月は抜歯する前日で体調が最高に悪い日だったし、この1年は黄色葡萄状球菌に悩まされた年と言っても過言でない位である。

 なので、今度の11月初旬の血液検査で少しでもIgMの数値が下がっていれば、明らかに感染症が逆に免疫蛋白に影響していると言う事であり、逆を少しも疑わない医者にとっても画期的な事に違いない。

 もう一つ期待しているのは摂り続けているラクトフェリンが腸管免疫に少しでも役立ってIgAの生産を助けひいてはクラススイッチの修復まで出来ていれば最高なのである。

 こういう事を相談できる先生がどこにも居ないと言うのは実に悲しい事で、血液の専門医は数値を下げる事だけ、免疫学にも遺伝学にも興味がなさそうだし、学際的に研究してくれる医者が是非欲しいものである。

オーストラリアの進んだ教育システム

落ちこぼれを救う事が日本を救うポイントである

 僕自身もそうだが、学校で習った事が社会で通用せず挫折して人生をこねくり回してしまった人は多いのだと思う。世に落ちこぼれと言われている人間は多い、特に最近はニートだとか引きこもりだとか呼ばれてるらしいが、外国でもパラサイトシングルって言葉は聞いた事があるが。
僕が救いたいのは本来自分の責任でもないのに自分を責め続けている若者である、これは話せば一冊の本が出来る位長い話になるのだが、最近結論めいた事が出て来たので死ぬ前にまとめておこうと思っている。
 
 僕は50の時それまでのちぢに乱れた人格統合の為に自伝をしたため、その後出会った27歳年下のオーストラリア人と再婚して現在オーストラリアに住んでいるが、日本だったらさしずめDQNとか厨房とか呼ばれそうな茶髪のヤンキーならぬオージーも今では立ち直って公認会計士になり、それでも背負い込んだトラウマを払拭する為にフルマラソンに挑戦して16週間のトレーニングを経て3時間19分で完走して現在は日本語を習得すべく勉強している。

 感心させられるのはオーストラリアは途中下車しても再乗車出来るシステムが出来上がっているのだ、職業訓練大学も完備、通信教育も完備、たとえ一人でも試験を受けさせる、大学の転入も可能、夜間と昼の区別も無く好きな時間に授業が受けられる、ネットで講義が聴けるのもある。
どこかの美しい国の途中下車した首相の再チャレンジ可能な社会なんて口先だけじゃないのだ。

 何回も言うように日本の輸入の社会システムひいては教育システムに至るまで建前である、本音は世間であり苛めである。

 日本人は近代文明を導入した時に日本語の取り扱い説明書が付いて来なかった為に未だに近代文明が自分が無ければ始まらない事に気が付いていない、何のことはない自分が全て(自分=全)なのである。
日本人はすべからくここから学んで行かないと、遅かれ早かれアメリカの52番目の州になるか中国の自治区に成り下がるのは目に見えているのである。

 ポイントは極端な話社会のせいで落ちこぼれたにもかかわらず自分を責め続けている若者を救う事なのである、自分こそが全てであり、自分を持っている人間を潰してかかる世間を是正する事にあるのだ。

違いを受け入れる

 国際結婚といってもいまさら珍しいわけでもなく、オーストラリア人男性と結婚されてる日本人女性は数あると思いますし、オーストラリア人女性と結婚されている男性にしろ、女性に比べれば少ないかも知れませんが、かなりの数だろうし、国際結婚一般となれば、それこそマルチカルチャーでそれを一括りで国際結婚と纏める訳にも行かず、僕みたいなはみだしっぺがいまさらここにしゃしゃり出て薀蓄を傾けるなんてもんでもないんですが、結婚に関しては洋の東西のみならず、南北も左程違いは無いので、ここで南半球では東西問題、南北問題は横に置いといて、極特徴的な事だけを取り上げたいと思います。

 僕の場合、国籍を超え、年齢を超え、性別を超えると言うモットーの元に進んだ結果行き着いたダウンアンダーなので、これが只単なる偶然の重なりと言って片付けずに矢張りこれが西欧社会の偏見の少なさであると自分なりには考えています。

 国際結婚の良い点は、先ず、日本の社会通念から逃れられる、ここが最大のポイントだと思います。

 日本では到底世間の目がうるさくて、実現できない事も、こちらでは充分可能と言う事です。つまり、尺度の違うところに逃げ込んで比較がしづらくすると言う事でもあります。いわば、尺貫法とメートル法比較のようなものです。
僕の義理の父親は僕より4歳年下ですし、母親は2歳年下、こういった関係は日本ではかなりきついんじゃないかと思いますが、こちらでは左程問題になりません、カラオケに行って一緒に「アンチェインド・メロディー」でも一緒に歌えば一発で解決って感じです。

 相手も所詮同じ人間なんだと言う、ヒューマニズムですね、これを東洋のナチュラリズムならぬ阿吽の呼吸、或いは暗黙の了解を求めると兎角失敗しますので、ナチュラリズムとヒューマニズムのハーモニズムと洒落込むのが宜しいかと思います。

 又、人生の基本は安心感と励ましですので、相手に対して、安心感と励ましを与えるというのは婚姻関係に留まらず全ての人間関係に於いて大原則です。
日本人同士だと兎角我侭が先に来て、理解し合おうと言う努力を怠りがちですが、これが、全く違う者同士だと、却って気を遣い合い、好結果を招く事もあると言う事です。
違いがあるからこそ理解し合おうと言う気持ちになると言う事でもあります。

 ここで、違いを論っていると、見解の相違なんか5万とあるわいって感じで、纏まるものも纏まりません。つまり、違いを受け入れるって事だと思います、違いを指摘するだけで、共通点をみつけようとしない、これはいけません、日本人の悪い癖です。

偏見

 国際結婚ってのはある面から言えば、偏見との戦いである。
戦いと言ったら大げさかも知れないが、奥さんが白人であろうが何人であろうが多かれ少なかれ周囲から奇異な目で見られる事は予め覚悟しておく必要はある、逆から言えばこれに正面切って立ち向かう勇気の無い人はやめた方が良いと言う代物である。
偏見なんてものは誰しも一つや二つと言わず沢山持ち合わせてるものだが、偏見と差別は紙一重であり、偏見が一度口をついて出ると途端に差別となって非難されたりするから要注意でもある。

 今でも思い出すが、義理の兄の洗礼式に列席して、司祭が「全ての偏見を捨てますか」と受洗者に向かって訊ね、受洗者が「ハイ、捨てます」と答えるのを見て、捨てる努力は出来こそすれ、捨てるのは無理だなと思った記憶がある。
たまには同じ教会に新宿の飲屋でホステスをしていた、フィリピン人を連れて行った事もあったが、その時姉が難色を示したのでそれ以後は連れて行くのをやめた事もある。
イースターの時も居候させていた六本木でホステスをしていたイギリス人の二人の女の子を連れて行った事があり、その時は神父も話し掛けて来たりして、私はその時、フィリピン人の時とは大違いだなと感じたものである。

 店に入ったりするとよく思うのだが、私がフィリピン人を連れて歩いている時とイギリス人と一緒に居る時と扱いが全然違う事がよくあり、カトリック教会でさえこんな調子では他は推して知るべしである。
それはさておき、今の女房とはアーティストのパーティーでたまたま日本に来て一週間目に出会っただけなので、劇的な出会いではないが、当時女房は未だ23歳だった事と、来てから未だ一週間だった事が幸いしたと言っても過言ではない。
これが日本二度目だったり、3週目だったら、ひょっとして女房もあのルーシーブラックマンみたいになっていたかも知れないので微妙である。
女房が英国で出会って日本に一緒に来たニュージーランドのJと言う女性は日本が二度目であり、前回来た時にホステスをした経験があり、女房を誘ってもう一度一稼ぎしようと思っていたらしい。

 たまたま女房は来日1週間目にして、僕と出会って説得され、僕も説得した手前面倒を看ない訳にも行かずそれ以来我が家で一緒に暮らす事になったのだが、その当時は結婚する事になるなんて事は考えてもいなかった。
今でも笑い話でたまに出るが、女房は当時自伝を書き上げたばかりでひげを伸ばし放題にしていた僕を見て35、6だと思っていたらしい、僕が50だとわかった時はかなりショックだったらしいが、既に情が移っていたのか、歳に関しては西洋人は柔軟性があるのか何事も無く済んだ。

 まぁ、2人とも酢も甘いも噛み分けていたからここまで上手く進んだと言っても過言では無い。

国籍を超え、年齢を超え、性別を超え

 38の時学校で習った事と実社会の齟齬に疑問を感じ会社を辞め、以来近代文明の淵源を探るべく、イタリアルネサンスの研究及び、祖父である柳田國男の研究を並行して行い、日本の特異体質とポストモダンのエートスについて深く追求して来た、僕が言う「惟神の道はローマに通じるか」の一言で言い表せる様な言わば普遍性追及の旅をしているわけだが、50の時に限界を感じそれまでの人生を半年間家に篭り自伝に纏め、それまで散り散りに乱れた人格を一つに纏める人格統合を試み、その後始めて出会った女性と結婚して今に至るのである。

 僕は50迄の人生を理念編、女房と再婚した50からの人生を実践編と呼び、便宜上理念編を前世と呼んでいる。
つまり、僕のモットーである「国籍を超え、年齢を超え、性別を超え」の実践である、果たして27歳年下のオーストラリア人と結婚して主夫が出来るかと言う無謀な試みでもあった。
幸いな事に結婚12周年を向え、僕も還暦を過ぎ63になってしまった、マヌ法典で言えば遊行期に差し掛かっている、23歳だったヤンキーならぬオージーの茶髪も遅れ馳せながら32で大学を卒業し35で公認会計士の資格も取り今は36になり、一件落着、僕も肩の荷がおりて現在は安堵のひと時である。

  そんな時静寂を破るように東日本大地震それに伴う福島原発事故が起き、普遍性追求姿勢も全能性追及姿勢も欠如する、いわば聖俗未分離の日本では科学すら宗教化して実に危険である事をいみじくも証明してしまった。
僕は今まで個の確立の重要性を説いて来たつもりだったが、個も論も無い日本と自分で言いながら、個の確立など期待すら出来ない事に気がつかなかったのだ。
つまり、輸入の学問では理解出来ない日本と言いながら、輸入の手法でしか説明出来ない自己矛盾を惹き起こしていたのである。
日本は僕が言う、ホーリズム、All or None、全と無の間を行ったり来たりしている聖俗未分離であり、先ずは個=1を導き出さない事には始まらないのである、無からは何も生じず、先ずは1を導き出す事なのである。
それには哲学の基本である自分を相対化して個=1の概念を括り出す事が必要なのであり、これが僕の言う「自分が無ければ始まらない」の所以なのである。
普遍性追求と言うのは、一言で言うと、共通項で括る事である、科学の基本である要素還元主義なのである、これは科学の基本原理である全能性追求姿勢の対極にあるのである。
違いばかり論う事に終始している日本人に普遍性の追求姿勢が生じさせるのは非常に難しい、それには先ず自分で考える事と言う哲学の基本が必要なのである。
「日本は潜在化しているタブーを健在化させ、差別を撤廃し、nationとしての国家から、stateとしての国家に脱却すべきである」なんて口で言うのは簡単であるが、言うは易し生むは難しである。
タブーの健在化、差別撤廃なんていっても一筋縄では行かないし、ましてや、ナチュラリズムとヒューマニズムのハーモニズムにホーリズムから一足飛びに行けるわけでもない。
かと言って普遍性追求の旅をやめるわけにも行かず、汝の隣人を愛せ、つまり足許から固めるしかない、つまり女房との普遍性追求の旅を続けるしかない。

捨てる神あれば拾う神あり

 人間関係と言うものは往々にして表面上の関係と実際の関係が違っている事が多い、実は僕は本当は僕が女房に救われたと思っている、表面上は僕が助けて育てたみたいに見えるが実際は違うのだ。
社会通念程いい加減なものもない、僕は神が女房を遣わしたと信じている「悔しかったら一人位誰かを幸せにしてみろ」って、その時感じたのが「捨てる神あれば拾う神あり」なのだ。
別の言葉で言うと、50迄は理念編、50以降は実践編とも言える、50迄は只御託を並べ、薀蓄を傾けるだけで、何一つ実際的な事が無く、50を過ぎ、60になんなんとした頃やっと人生の機微を学んだような気さえする。
僕はそれ以来女房の幸せを通して自分の幸せを追求すると言う、滅私、無私の境地で生きる事に決めている。
僕はよく、「僕の個人主義、自由主義は習ったものだから、時として強過ぎる」と言うが、オーストラリア人の女房の方が個体差はあるにしても余程日本人的に遠慮するし、人見知りするし、控えめな感じでもある。
日本人は輸入の学問に頼りすぎたので教科書を変える事が出来ない、つまり英文法を変える事が出来ないのであり英米人が英文法を間違えても例外になり、日本人が同じことをすると間違いになると言う事である。

人を愛するという事

 人を愛するって事は、その人の幸せの為に生きるって事で、自分の存在がその人の幸せの為にならなかったら、潔く身を引くって事だ。
よく、「貴方にはあたしが必要なの」ってにじり寄って来る女性がいるけど、愛の押し売りは良くない、アメリカの自由の押し売りも良くないけど。

歩調と波長

 人と付き合う場合、幾ら波長が合っても歩調を合わせるのは難しい、つまり、幾ら好きでも相手の都合ってのもあるからだ。
僕の場合みたいに、女房の小さな波動と僕の大きな波がたまたま一致して上手く行ったけど、こういうケースは滅多に起こらない。
まぁ、相手は人生のピーク、僕は終焉、たまにあのせわしなさに辟易して窒息しそうにはなるけどね、無理に歩調を合わせると後で皺寄せが来るから注意が必要だ。

夫婦補完関係

 夫唱婦随って言葉があるけど旧いね、日本では夫婦の関係も五分五分って固く考える人が多いけど、他人じゃないんだからそんなに固く損得勘定する事もない。これも習った英文法と同じで、習った男女同権は兎角ぎこちない、何も五分五分じゃなくても、8:2でも、7:3でも6:4でも全く逆でも、要するに出来る奴が出来る事をするってのが基本だな、出来ないことは出来ないんだから。

尺度を超える

 「年齢を超え、性別(この場合はジェンダー)を超え、国籍を超える」とお題目のように唱えていて、27歳下のオージー娘と結婚してついに赤道まで越えてしまって、主夫(ジェンダーを超える)をしてるんだから、求めよさらば開かれんってのはまんざら嘘でもない気がする。
僕は50以降の人生を第二の人生、以前を前世と呼んでいる、これは前にも書いたが、50の時それまでの人生を自伝にまとめ、そのあと最初に出会った女性がたまたま今のオージーの女房で、オーストラリアに移住して全く違う生活を送るようになったのでそう呼んでいるだけなのだが、これが自分にとってはかなり奇跡的なのでまんざら前世と呼んでもおかしくない気分でもある、つまり50以前は全て前世の記憶なのである。
 
 別の言葉で言うと、50迄は理念編、50以降は実践編とも言える、50迄は只御託を並べ、薀蓄を傾けるだけで、何一つ実際的な事が無く、50を過ぎ、60になんなんとする今やっと人生の機微を学んだような気さえする。
国籍を超え、年齢を超え、性別を超えと言っても抽象的で判り難いので少し説明させて頂くが、全ての尺度を越えるというのは、簡単そうで居て実に難しい、幸いな事にオーストラリアは南半球で、渦巻きも逆、太陽も北側を東から西に動くので、ここら辺の常識から変えて行けば簡単である。
まあ、簡単に言うと、この世で追いつけないものなんて年齢位なもので、年が上だからというだけで威張らないとか、男だからこうあるべきだ、女だからこうあるべきだとか、オーストラリア人だから理解出来ないだとか言う考えを吹っ切って違いを受け入れることなんだが、オーストラリアは日本みたいに戸籍謄本とか住民票台帳みたいなものがないからなんだが、例えば、27歳下の女房が所帯主としてやっていくみたいなものだと考えると判り易い。

 昨年の11月でやっと結婚7周年を迎えられてほっとしているが、この7年は実に充実していた気がする。最初の内は尺度を超えるなんて言っている本人が超えられないでやきもきしていたが、出会った時は23歳だった女房も今では31になり自覚もはっきりして来たし、これで僕が還暦を迎える迄にしっかりと足場を築いて貰えればそれ以上の事は無い。
年が離れているので、言わば父子家庭みたいなものであるが、そんなこんなで旨くバランスが取れている感じである。
若い時に躓いた女房と二人で人生をやり直す事が出来たのは自分にとってはそれこそ奇跡みたいなものだった。
これは子育て擬似行為みたいなものかも知れないが、娘が欲しかった50がらみの親父が父性愛に飢えていた23歳の娘と一緒になった、今の女房との1年は犬年齢じゃないが一年が5年くらいの充実感がある。

 進路で悩むオージー娘と運命を共に出来、その成長振りを目の前で見れる、子供の出来ない自分にとって、子供みたいな年齢の女房の人生で直面する色々な局面に立ち会えるってのは実に幸せな事である。
第二の人生は女房の幸せを一義に生きる、無私の境地で行きたいなんて油断してしゃれたことを考えていると、生意気な女房の態度にむかつかされたりして、そんなに簡単には物事は進まないが、老いては子に従えとも言うし、主と従をちょっと入れ替えるだけで意外とスムーズに進むものである。

メイル・ショービニスト

 今回私のビジネスパートナーでもある、オーストラリアで韓国人の女性と結婚している友人との葛藤を通して、国際結婚について再度考えさせられ、ひいてはオーストラリアの文化の多様性の名の下に、日本人の特性が浮き彫りになり、それが戦後50年以上経っても若者の心に根強くある事を発見し、額然とさせられ、これは単なる個体差として処理して良いものかどうか考えさせられた。

 最初にお断りしておくが、これは何も個人攻撃をしようとしている訳でも何でも無く、件の彼氏だって実に好青年でしっかりしているし、東洋人の奥様をお持ちで立派な考え方をされている人だって世の中には沢山居られる事とおもうが、これだけ国際化が言われ、男女同権が極普通になって来ている時にささやかなる抵抗を試みるのも又良いのだろうが、近隣諸国との関係が微妙に揺れ動く昨今、今一度考え直してみても損は無いと思う。
彼としては韓国人と結婚する事により、亭主関白を維持し極普通の事として、「柳田さん、家の女房なんて僕が料理していると、そんな事させて申し訳ないと言いますよ」と言うのだが、私から言わせればオーストラリアに来て迄、亭主関白をやっている日本人のメイル・ショービニスとなんて頂けないと思うし、少なくとも韓国の女性だって日本人の女性の様に追々は平等の立場を要求して立ち上がるに違いないと思っているのだ。 歳は関係無いとは言い乍ら、私は自分よりも20才も年下の男が未だに日本男児の心意気かも知れないけれど、私から見ると時代逆行的な考え方を持つのかしばし理解に困ってしまった。これは私には、日本が台湾、韓国を統治していた時代と同じ様に、余りにもアナクロニスティックに思えるのである。 まあこれは特殊な例としても、彼が、すいも甘いも弁えた積もりになっている50過ぎのおじさんに対して、若い女房の臀に敷かれているか何かと勘違いして、もう少し女房に厳しくする様に忠告して呉れたのには驚かされてしまった。 日本人を含む東洋人或いは亜細亜人と結婚している日本人の男性から見ると、西洋人の女性と結婚している男は、一生懸命家事を手伝ったりしてまるで奥さんの臀に敷かれている様に見えるのかも知れないが、これは、女性におもねっている訳でも何でも無く、女房の生まれ育った国で、その国の習慣に従っているだけで、日本に住んで、女房が日本の習慣に従うよりは数倍易しいと思うからである。これだって、オーストラリアはマルチカルチュラルな国で、西欧風な習慣がオーストラリアの習慣とは必ずしも言えなくなっているのなら、致し方無いが。
 
 最近日本人の女性が変に強くなってしまい、日本人の若い男性が日本人女性と結婚するのを躊躇し、未だ性差別、或いは女性の貞操観念が根強く残る韓国とか中国とか、キリスト教が普及しているフィリッピンの女性と結婚するケースが増えているのではないかと思う事がある。例えばアメリカの若い男やオージーの若い男が日本に来て日本の女性ばかりと付き合うのを見ると、日本人の男は必ずと言って良い程、「あいつ等は自分の国でもてないから、おとなしい日本の女の子とばかり付き合うんだ。」とか、日本人の女性が外国人の男ばかりと付き合っていると、「あいつ等は日本人にもてないから、外人の男ばかり漁るんだ」といかにも馬鹿にしたり、軽蔑すら感じさせる言い方で非難するのである。それでは、逆は無いのかと考える事は滅多にしないのである。
今回のケースだって普段彼等が馬鹿にしている人達から見れば、「何だお前だって日本人の女性が強くなり過ぎたので、日本に憧れる近隣諸国の女性を選んだじゃないか」とも言えるのである。それは言い過ぎとしても、これでは真面目に結婚している人、或いは真面目に考えている人に対して失礼である。結局曾て日本人の若者がアメリカ文化に憧れていたのと同じ様な現象が近隣諸国に起っている事も事実なのであり、それを逆手に取って、国威の発揚ならぬ、男らしさの象徴の様に万が一にも感じているなら、時代錯誤も甚だしく、靖国神社問題、教科書問題と結果的には何等変わりは無いと思うのだ。

 私はこれを日本人男性の潜在的失地回復願望と呼んでいて、この男の負け惜しみ程醜いものは無いと思っているのだが、一向に無くなる気配を見せない。幾らロジカルに話していても結局は、情緒的になって、愛国主義的、ファッショ的と言うか、ごう慢な発言、所謂、「日出ずる所の天子?」的な発言になってしまうのである。つまり都合の悪い部分にはだんまり戦術を決め込み、都合のよいとこ取りをしようとする甘えと言うか厚かましさが出て来るのである。近代文明のもたらした民主主義、自由主義を善とするのを大前提で話しているのが、自己矛盾に気が付くと、下手をすれば民主主義を否定して迄、自分の国の伝統を重んじようとして、屁理屈をこね、プライドを守り通そうとするのである。それでは何等独自の政策を持たない万年野党と同じではないか、日本の集団主義或いは封建主義を善とするのだったら、それにあったエートスと言うものを提案しなければ、近代文明のもたらす均質化の波は防ぎ様が無いのである。
下の文は私が九年前に書いた文章の一部であるが、十年一昔と言うにも拘わらず未だに何も変っちゃ居ない。

 「結局自分が正しいと思うなら、正しい言葉で正しく表現するべきであって、英語で表せないなら、日本語で理解してもらう努力をする必要があるのだし、反対に余りにも日本或いは日本語が特殊だと思い過ぎて、日本に十年も居るアメリカ人に、折角先方が流暢な日本語で話しているにも拘わらず、下手な英語で話し掛けたり、金髪の人には日本の文化が理解出来ないと決めつけたり、その割りには、自分はヨーロッパに行ってクラシック音楽をマスターした積もりになっていたり、余りに身勝手過ぎるところも目に付く。」
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